〜曳山まにあ・おじゃがの独り言〜 その26
『曳山のはなし』を斬る! E亀蛇と太郎と唐津人の意地


亀の上で爽やかな笑顔を浮かべる浦島太郎さん、曳山巡幸図ば見たら浦島さんの
代わりに宝珠の乗っとります。独り言その16でもそん話題ば出しました。
そして曳山のはなしの中で古館翁は八代の妙見さんに出てくる亀蛇がモデルじゃ
なかやろかて書いとらす。
なるほど、八代の妙見さんなかなり歴史のある祭り、勿論亀蛇は材木町の亀さんの
大先輩で全国的にも九州三大祭の一つとして有名やったろうけんがモデルになった事は
まず間違いなかと思います。
ばってんがそしたらなし亀さんの上に浦島太郎さんや宝珠ば乗せたとやろうか!?
そいは同じごたる形のまんまじゃ他ん所から来た見物人にただのマネやっか!て
言われるとは面白う無かて思うて浦島さんば乗せたとじゃなかとやろうか?
浦島太郎の物語はえらい古か話で日本書紀にも出てくる由緒ある話、それどころか
東南アジア一帯に似た物語のある国ちゅう概念の生まれる前の太古から民間伝承として
漁師とかから語り継がれた話、亀さんの上に浦島さんば乗せるだけで亀蛇のニオイば
払拭して一気に人気者の浦島太郎の物語の一シーンに昇華するとです。
その辺りに当時の材木町のヤマ造りに携わった人の意地ば感じるとです。


実は亀マニアでもある私、亀についてのウンチクも一言。
東洋では亀は万年との言葉もあるように亀は長寿の象徴、更に硬い甲羅は永久不変の象徴として
崇められました。また、西洋では重い甲羅を背負っている姿が生まれながらにして苦難を背負い
込み生きていく宿命が聖なる求道者と重なり神聖な生き物とみられていました。
因みに曳山の亀も幅広い尾がありますがあれは尾に非ず。亀の甲羅に生えた藻なのです。
それだけ長い間生きていた証しなのです。


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