〜曳山まにあ・おじゃがの独り言〜 その27
新生鯱誕生前夜@


過去何回か話題に出した事もあるばってんが13番曳山の鯱は昭和の初期に
丸ごと作り変えとるとです。
理由は傷みの酷かった事。主な原因は二つあってから一つはその14で話ば
したごて急遽鯱ば造る事になったもんやっけんが造りの雑やった事。
もう一つは当時既に大手門の撤去されとったけんが今までのヤマは高さば
気にしながら造らにゃならんかったとば気にせず大きかヤマば造った事。
おかげで街角でよぉぶつけてからかなり傷んどったらしか。
完成から50年でボロボロになってしもうたもんやっけかんが当時の宮島酒屋の
大将の水主町んモン達に呼びかけらしたそうです。
『町んモンだけじゃきつかろうけん、オイが半分金ば出す。立派なとば造りなおせ。』
どうせ造るなら立派なとば造りなおさにゃいかん、ちゅう事でどこぞのエラか
モノ造りの先生ば連れてきてわざわざ佐賀まで連れて行って佐賀城の屋根ん上に
乗っとる鯱ば眺めさせてあれくらい立派か鯱ば造ってくれんなて頼ましたらしか。
ばってんが模型で造りあげたモンな獅子ん顔にオマケんついたごたる出来で
とても鯱にゃ見えんけんちゅう事で先生はクビになったらしか。
ばってんが造るモンは造らにゃでけん。
町内のモンで話し合うた結果、何人かウマかごたる人間に模型ば造らせて
いっちゃんウマかモンに新しか鯱ば造るとばお願いするごて決めたらしか。

で、集まったとは博多人形師の小島さん、満島の祗園山笠の人形造りの坂本さん、
東町の瓦屋の中島さん、町内の床屋の内山さん、町内の大工の松尾さんの5人の
候補の誕生したらしか。
こん5人で模型ば造って競争させたばってんが中々誰ば選ぶか決まらん。
そこに酒屋の大将の『こりゃ瓦屋んとが一番良かごたる。』の一声で
中島瓦屋に新しか鯱ば造るとば任せる事になったとらしか・・・・・・



・・・・・この話、記憶が定かでは無かったのでちょっとカンニングして参りました。

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